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January 19, 2006

「氷壁」井上靖

先週末からNHKで、土曜ドラマ「氷壁」が始まりました。
これは山岳小説として名高い、井上靖の「氷壁」を原案にしています。
ドラマでは、ニュージーランドで撮影されたという雪山のパノラマと、
ボーイソプラノのBGMがなんとも幻想的に共演していて
山に興味のない方でも、その美しさには共感して頂けると思います。

さて、ドラマがあと5回残っているなか、原案になった「氷壁」を読んでみました。
以下は、小説を読んでのつたない感想です。
(※未読の方は、ネタバレにご注意を)

***

山ヤの生き様というのは、なんてエゴなんだろう、と読みはじめは思いました。
仕事より、家族より、何より自分が山に登ることが優先という山ヤは。
あるヒトが、「オタクというのは、何事においてもまず自分の感覚が優先なんです」と
言っていたけれど、そういう意味では、オタクっぽいとまで感じました。

しかし読み進むにつれ、
平和な現代の日本の、日常では感じられにくいであろう、
「生きている実感」を感じるために「命がけの山」を選択した、
生きる事に対して凄くストイックなヒトたちなんだと感じました。

そして、与えられた1つの人生という時間を「使い切る」ように生きる、
彼らの生き方を知ったら、うらやましくさえ思えてきました。

この小説のキーパーソンは、魚津の上司である常盤大作だと思っています。
彼の言葉に、気になる一節がありました。(以下引用)

*1人の人間の持つ生活の充実量というものは
*確かに棺を覆う時決まると思うんです。
*たとえば金持であるかないかは、一生のうちに使った
*金の額で決めるものだと思うんです。
*つまり棺を覆うた時のトータルですな。
*借金しようが、泥棒しようが、一生涯にたくさん使っちまった奴が
*やはり金持と呼ばれるべきでしょう。
*巨万の富を抱いていても、一生涯に少ししか使わなかったら
*これは間違いなく貧乏人ですよ。

この言葉こそ、「使い切る」ように、つまり精一杯生きるべき、と
著者が言っているように感じました。

遭難死した山ヤの人生を「生まれた、登った、死んだ、それでいい」で
形容できるのは、本当に故人の生き様を受け入れたヒトたちでしょう。
孤独を好む人生をイメージさせる山ヤが、
派手な交友関係がなくても、山に向かい続ける生き様を極めることで
初めて、その死さえも多くのヒトに受け入れてもらえるという
一般人とは異なる社会性を持ったヒトなんだと思わずにはいられません。

どんな人生を送っていても、死はいつか訪れるものです。
死を意識し、時には死を予感し、生きることを選ぶストイックな山ヤは
そういう意味では命を無駄にしているとは言えない、
むしろ、綿密に命の使い方を計画し全うしようとしているんだと知りました。

また、小説の中の人物は、捉え方に寄れば誰もがエゴイストです。
人妻である美那子を自分のものにしたい小坂、
魚津への思いから夫をうとましく感じる美那子、
自分の価値観や機嫌を曲げることができない八代、
短期間の話題性を追い求めるジャーナリズム。

そんなエゴイストたちがひしめき合う人間社会とは無縁の、
巨大な氷壁に救いを求めた魚津。

ストーリーには、ザイルによる事故の真実や
登場人物を取り巻く恋愛の行方などが織り込まれていますが
それは、前述した人生の重みを飾るパーツに過ぎないと思えました。
魚津が最終的に遭難死したことが、それを物語っているような気がします。

そう感じたのは、私が本格的に山に登った経験がないこと、
また、山岳小説を読んだのは初めてだったことが要因しているかもしれません。
山岳小説と呼ばれながら、この小説に専門的な言語や登山シーンは少なく、
その反面、登場人物の心理描写が丁寧で、文脈が巧みに整理され、
読みやすくなっているのが、私でも短い時間で読破できた理由かな。

***

珍しく読書なんてしたもんだから、長くなりました。(^^;
さて、ドラマでは舞台も設定もかなりアレンジされているので
小説とは別のものとして楽しもうと思います。
主人公役の玉木君は、ホントは高所恐怖症だそうで、アッパレですね。

・NHK土曜ドラマ「氷壁」公式HP

・新潮文庫「氷壁」(Amazon jp)

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Comments

わたしも昨年からドラマ「氷壁」を楽しみにしていて、先日の第一回目の放送を見ました。
井上靖の原作はあくまでも原案としてということで、かつて問題となったナイロンザイルの事件とは別に新たな視点で裁判へとつなげるようですね(カラビナというところでは関連ありということでしょうか)。
撮影中の鶴田真由さんの日記でドラマのことを知ったのですが、かねてより読みたいと思いつつ未読の「氷壁」。この機会にと思いつつも今度はドラマの最中となると恥ずかしさがあって、またまた躊躇しています(^^;
とはいえ、いい加減読まないと機会を失いそうなので、近いうちに手配しようかなと。クロミニさんの感想を読みつつ再確認した次第です。

Posted by: ムムリク | January 19, 2006 08:29 PM

ムムリクさん、こんばんは。
鶴田真由さんの日記、私も時々見てます!
彼女の芯の強さとか、自立心とか、好奇心、垣間見えますよね。
あの華奢で小さな身体にして、精神力の強さには驚かされます。

小説は昭和30年代が舞台ということで、言葉使いやちょっとした描写から、町並などがレトロに想像できて楽しいですよ。
私の場合、ドラマが終わったら読む気がなくなるような気がして、あわてて読んだのですが、ドラマ終了後でもムムリクさんなら、あっという間に読めてしまうと思います。
それにしても、本の感想を文章にする作業は簡単なようで難しいですね!実感しました。

Posted by: クロミニ | January 20, 2006 07:49 PM

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